プロコフィエフ

Sergei Prokofiev【1891年4月23日-1953年3月5日】

 

Prokofievプロコフィエフは1891年、ウクライナで生まれた。

彼は早熟の天才で、5歳で初めての作曲をした。最初は母親からピアノを学んだが、その後数人の教師を経て、13歳のとき、ペテルブルク音楽院に入学した。

音楽院ではリムスキー・コルサコフなどに学んだ。

しかし、1914年に始まったロシア革命の影響で、彼は1918年、アメリカに亡命する。その際日本に一時滞在し、東京や京都を観光したことは有名である。日本にちなんだ曲も作った。

また、彼は故国ソ連を愛していた。そのため、パリやアメリカで成功した後も再びソ連に戻ったのだった。

プロコフィエフの音楽はチャイコフスキースクリャービンの流れをくみ、現在も古さを感じさせない神秘的な音楽である。

□セルゲイ・プロコフィエフ 略歴

1891年 ウクライナで生まれる
1895年 母からピアノの手ほどきを受ける
1904年 ペテルブルク音楽院に入学
1910年 父死去
1915年 パリでドビュッシーと出会う
1919年 山田耕作と会う
1922年 リーナ・イワノーヴナと結婚、ドイツに移住
1924年 母死去
1934年 1人でソ連に戻る
1940年 離婚
1953年 死去