プッチーニ

Giacomo Puccini【1858年12月22日-1924年11月29日】

Pucciniプッチーニは、代々イタリアの町ルッカの大聖堂でオルガニストをする家系に生まれた。

5歳で父を亡くしたが、オルガニストとして14歳で職を得た。彼はこのまま聖職者として生きていくと信じていたのだが、18歳のときヴェルディのオペラ「アイーダ」をピサで観劇し、その感動からオペラ作家を志した。

22歳でミラノ音楽院に入学すると、1884年、自作オペラの初演で人気に火がつき、様々なオペラを製作した。

彼の私生活はおおむね静かだったが、1902年に当時は珍しい自動車に乗っていて事故にあったり、1909年にプッチーニ家の女中が彼との不倫を妻に疑われ自殺するなど、スキャンダルも中にはあった。

プッチーニのオペラは、イタリアの伝統を守り、奇抜で新しいものはない。しかし、そのメロディーの美しさは特筆すべき点である。当時他の作曲家や批評家は、プッチーニのオペラが大衆に迎合しているなどの理由により評価しようとしていなかったが、指揮者や作曲家の中には、彼の索引の独創性や作曲技術を評価した者が多かったこともまた事実である。

□ジャコモ・プッチーニ 略歴

1858年 イタリアのルッカに生まれる
1872年 教会オルガニストになる
1876年 ヴェルディの「アイーダ」に影響を受け、オペラ作曲家を志す
1880年 ミラノ音楽院に入学
1884年 自作オペラを初演
1891年 イタリアのトスカーナ地方に定住
1902年 自動車事故にあう
1924年 死去

□プッチーニのピアノ以外の作品

トゥーランドット(Turandot)【1921~24年作曲】

プッチーニの最後の作品であるオペラ「トゥーランドット」は実は彼以外に11人の作曲家が過去に同じ題材で作品を書いたと言われている。

アラビアの物語を主題にしており、トゥーランドットとはその物語に出てくる王女の名前である。プッチーニはこの作品の第3幕第1場の女奴隷のリューが愛する王子カラフのために死んでしまう場面まで作曲し亡くなった。そのため、この作品は弟子のアルファーノが引き継ぎ完成させた。

1924年に初演したトスカニーニは初演の日、プッチーニが作曲した部分までを演奏した後、指揮棒を置き、「プッチーニ先生はここまでで筆を絶たれました。」と言って演奏をやめてしまった。翌日からは全て演奏したが、これは大好評のオペラとなった。