シューベルト

Franz Peter Schubert【1797年1月31日-1828年11月19日】

Schubertシューベルトは遅れてきた古典派であり、ロマン派の先駆けとなった。

実は古典派とロマン派の定義であるが、明確な定義があるわけではない。

あえて定義するなら、古典派は『秩序と安定を目指し(音楽で言うならソナタなどの形式を重視し)、しっかりとした構造を持った音楽を作り上げる事を目的としている』。

それに対し、ロマン派はそれらからの脱却を試みたと言える。

ロマン派の作曲家たちはソナタなどの形式的な音楽も作曲したものの、型にとらわれない自由な音楽も多く作っている。

また、人間的にもロマン主義は、それまでの社会への反乱や抵抗を表し、貧乏でなければならなかった。

例えば貴族などの階級に対する市民や、ブルジョワの台等があげられる。この点で、シューベルトはロマン主義を代表する人物と言える。

彼は、それまでの作曲家と異なり、31年の人生の中で、ほとんど1度も安定した生活をすることがなかった。彼に対して様々な人が援助を申し出たが、彼はそれにすら反発し、生涯貧困の中で生活した。死の時も数10万円しか遺産を残さなかった。

性格は人見知りで、仲間以内ではほとんど騒ぐようなことも無かった。また、自らの曲を周囲に認めさせ、高い金で売りつけようとする世渡りもできなかった。彼には、友人たちと楽しい時間を過ごせればいいという、楽観的な部分もあったようだ。

当時多くの市民がその生き方と音楽に共感を覚えたのである。

□フランツ・シューベルト 略歴

1797年 ウィーン郊外で生まれる
1803年 兄からピアノを、父からヴァイオリンを学び始める
1810年 初めての作曲
1812年 サリエリにレッスンを受ける
1814年 父の学校の教員になる
1827年 ベートーヴェンを見舞う
1828年 死去

□シューベルトのピアノ作品

即興曲 (Impromptu)【1827年作曲】

シューベルトは即興曲を1827年に8曲作曲していて、それらが4曲ずつまとめられておりそれぞれ「4つの即興曲」という名前がつけられた。

しかし、この2つの「4つの即興曲」は性格に大きな違いがあり、作品90は構造や構成よりも美しい旋律に重点を置いた作品である意味即興という言葉通りの作品集。それに対し作品142は4曲で一つのソナタとして考えられるほど、曲と曲の間の関連性や構造にも力を注いでいるといえるだろう。

作品90

これは1827年の最晩年の頃に4曲ともに書かれた。

「即興曲」というタイトルに象徴されているように、形式にとらわれないシューベルトの本領が発揮された作品である。その意味でもっともシューベルト的な作品といえるだろう。

ちなみにこの「即興曲」という名を広めたのもシューベルトである。

第1番は変奏曲の形をとった牧歌的な作品。第2番は三連符を主体にしたテンポの良い作品。第3番は六連符によって波の満ち干きを思わせる優雅で美しい作品。第4番も詩的情緒に溢れる楽曲である。

作品142

この作品は1827年に作曲されたが出版は1838年、シューベルトの死後のことであった。

この即興曲集はシューベルト自身がそれぞれの曲を別々に出版しても差し支えない旨を出版社に告げている。

しかしこれはシューマンが提唱したことに端を発するのだが、第1曲、第2曲、第4曲で1つのソナタを形成しているとの見方が有力である。第1番は変則的なソナタ形式で、2つの主題を組み合わせた作品。

第2番は情緒的なメヌエット。第3番はシューベルトの最後の変奏曲で変奏の順番まで計算された技巧的な作品。

第4番はジプシー音楽を意識した3部形式の作品。突然の休止や異なる拍子の要素があるのは当時のチェコの音楽家に影響を受けている。

さすらい人幻想曲 (Wanderer Fantasie)【1822年作曲】

1822年、シューベルトが25歳のときに作られた作品。

もともとシューベルトは「ピアノのための幻想曲」と名づけたが、第2楽章に彼が19歳のときに作った歌曲「さすらい人」からとったテーマが使われているため、現在は「さすらい人」の名で親しまれている。

ピアニストのエドラー・フォン・リーベンベルクに献呈され、初演は1832年に行われている。

シューベルトにしては珍しくベートーヴェンのソナタを思わせる大作であるが、シューベルトがベートーヴェンを尊敬していたことを考えるとむしろ当たり前かもしれない。

第1楽章から激しい始まりで傑作を予感させる。第2楽章はシューベルト的で美しいメロディのアダージョ、変奏曲の形をとっている。第3楽章は再びドラマティックでヴィルトゥオジーに溢れている。第4楽章はフーガ的な作品で、シューベルトらしくはないが、意欲に溢れた傑作である。

この曲は全楽章を通して聴いてもシューベルトのその他の作品とは異なっているが、フレッシュで新しい一面を見ることができる。

ピアノ以外の作品交響曲 第8番「未完成」(Symphony No.8 “Unfinished”)【1824年作曲】

この曲は文字通り、未完成の交響曲である。

もともとは4楽章編成の交響曲が作られる予定だったらしいが、第3楽章の途中までとなってしまったため、第2楽章までしか完成されなかった。残念ながらその理由は現在も明らかとされていない。クラシック界の謎のひとつである。

しかし、その謎も含めて、1824年、25歳の若きシューベルトの作ったこの交響曲は名高く、歌曲の王たるにふさわしい美しい旋律とロマン派的な情緒に彩られた傑作である。

交響曲 第9番「ザ・グレート」(Symphony No.9 “The Great”)【1825年作曲】

この作品は1825年に中部オーストリアに旅行した頃書き始められ、1828年の夏ごろ完成したといわれている。

この作品の「ザ・グレート」という呼び名の由来はこの作品がハ長調でシューベルトの交響曲は既に6番もハ長調で書かれていたため、規模の大きなこちらを「大きい」という意味で「ザ・グレート」としたとのことである。

この作品を書き上げた後シューベルト自身は亡くなり、この作品が生前に演奏されることはなかったが、シューマンがこの原稿を発見したため、1838年に発表された。

この作品は名前どおり、壮大でスケールが大きくシューマンが「天国的な長さ」と表現したといわれている。