ヴァルター・ギーゼキング

Walter Wilhelm Gieseking【1895年11月5日~1956年10月26日】

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1895年、フランスのリヨンで生まれる。両親がドイツ人だったため、ファミリーネームがドイツ名となっている。

4歳でピアノを始め、5歳で読み書きができるほどの神童で6歳でシューマンの幻想曲を弾いたという逸話が残っている。

両親はピアノの才能を伸ばすために北ドイツに戻り、ハノーヴァー市立音楽院に16歳で入学、音楽院の学長自ら彼を指導した。

1913年にはコンサートデビューし、このコンサートは大成功を収めた。その後もリサイタルを開き、特に1915年、20歳でベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会は大きな話題となった。

 

1920年からはベルリンを皮切りにヨーロッパ、1926年からはアメリカデビューも果たし、特に本人の自伝によると1937年の演奏会で名声を確立したということである。

ギーゼキングは世界中で行う演奏会や録音に加え、レッスンも行う鉄人であったらしい。

そしてその異常なスケジュールをこなす事が出来たのは素晴らしい記憶力のおかげであったという。録音も暗譜で行い、新曲も軽く目を通しただけで演奏ができたということである。

レパートリーはドイツの作曲家やフランスの作曲家で、ベートーヴェンやモーツァルト、ラヴェルやドビュッシーを得意とした。

政治的には全く関心が無く、彼の興味は蝶の標本収集と音楽だった。そのためナチスが台頭してきた際も第2次大戦中も亡命せずにコンサートを続けたため、戦後はナチ協力容疑で取り調べを受け、戦後のアメリカ公演も一度は流れることとなった。

Gieseking Plays Brahms

□ウォルター・ギーゼキング 略歴

1895年 フランスのリヨンで生まれる
1911年 ハノーファー市立音楽院入学
1913年 コンサートデビュー
1915年 ベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会を成功させる。
1920年 ベルリンデビュー
1926年 アメリカ演奏旅行
1951年 自動車事故
1953年 戦後初めてのアメリカ公演
1955年 2度目の自動車事故・妻を亡くす
1956年 ロンドンにて録音中に体調を崩し、死去

□使用ピアノメーカー

□ワルター・ギーゼキング CD紹介


ラヴェル:ピアノ曲全集
ギーゼキングの得意なフランス音楽、それもラヴェルの全曲集です。同じくフランス音楽を得意としたフランソワのエスプリのきいた演奏とはまた違い、上品で惹きこまれるな演奏です。

ドビュッシー:ベルガマスク組曲&子供の領分≪クラシック・マスターズ≫
これまたギーゼキングの得意なドビュッシーです。
素晴らしいピアニストの演奏はもう好き嫌いだと思いますが、定評のあるフランス音楽弾きがあまりいないこともあり、ぜひ一度は聴いてみてください。

□ワルター・ギーゼキング 書籍紹介


ピアノとともに 新装版
伝説の名演奏家ギーゼキングの自伝的回想記「わたしはこうしてピアニストになった」と、生前おりにふれて新聞・雑誌などに発表した十篇のエッセイ「ピアノをひく人のために」の二部構成となっている。ギーゼキングによるピアノの助言まで書いてある本はなかなかありません。